大判例

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東京高等裁判所 昭和24年(ラ)143号 決定

一、当事者

抗告人 小栗章

二、主  文

原決定を取消す。

本籍群馬県前橋市曲輪町五番地筆頭者小栗子之吉の戸籍の記載中、甥章(アキラ)の戸籍記載の全部を消除することを許可する。

三、理  由

本件抗告の要旨は、「抗告人に関し主文に掲げられる通りの戸籍の記載があるが、抗告人はアメリカ合衆国で生れ、かの国の国籍を取得し、日本国籍を有するものではない。すなわち、抗告人は昭和二年六月一日、アメリカ合衆国、カリフオルニア州ロスアンゼルス市、東第三街、二、五三六番地で、日本国籍を有する父小栗定吉の子として生れ、昭和六年六月二十日、父小栗定吉がロスアンゼルス市駐在の日本国領事佐藤敏人に出生届を出し、これにもとずいて、同年九月十六日、父小栗定吉の属する主文掲記の小栗子之吉の戸籍に、その甥として戸籍記載がなされた。抗告人の父小栗定吉は、前記出生届にをえて、抗告人の日本国籍留保の届出をしたのであるが、この国籍留保の意思の表示は、国籍法施行規則に定められる期間のすぎた後になされたので無効であるから、抗告人は出生の時にさかのぼつて、日本国籍を失つたのである。従つて、主文掲記の甥章の戸籍の記載は、錯誤によるものであるから、これが消除の許可を求めるため、原裁判所え本件申立をしたところ、却下せられたので、抗告する次第である。」というのである。

記録中の戸籍抄本(昭和二十四年九月二十一日附前橋市長関口志行作成)によると、主文掲記の通り戸籍記載のあることが認められ、右記載と記録中の前橋地方法務局、法務府事務官清水光司作成にかかる出生届謄本とを照し合せてみると、抗告人は昭和二年六月一日アメリカ合衆国カリフオルニア州ロスアンゼルス市東第三街二、五三六番地で生れ、父小栗定吉は、昭和六年六月二十日附書面でロスアンゼルス市駐在日本国領事佐藤敏人にたいして、抗告人の出生届をさし出し、同年七月一日右領事館で受附となつていること、この出生届にそえて抗告人のため日本国籍を留保する旨届出がなされていること、この届書が父定吉の本籍地の戸籍吏に送付せられて、これに基いて主文掲記の通り抗告人の戸籍記載がなされたものであることが認められる。

アメリカ合衆国で生れたものは、国籍法第二十条ノ二第一項及び国籍法第二十条ノ二第一項ノ規定ニ依リ、外国ヲ指定スルノ件(大正十三年勅令第二百六十二号)の規定によつて、適法に「国籍ヲ留保スルノ意思ヲ表示スル」のでなければ出生の時にさかのぼつて日本の国籍を失うことになつている。そして国籍を留保する意思表示は、国籍法施行規則(大正十三年内務省令第二十六号)第二条第一項によつて、出生届をなすべき期間に、出生届をなす者が出生届にそえて、国籍を留保する者を届出るべきものと定められる。(大正三年法律第二十六号、戸籍法第七十二条第一項第二項、第六十九条参照)。しかるに、前に認定した通り、抗告人に関する父小栗定吉から出した出生届並にこれにそえられた国籍留保の届出は、出生の日から四年以上をすぎてさし出されたものであり、かつ、当時国籍法施行規則第二条第二項にあてはまる事情のあつたことを認めるに足る資料もないから、全く無効なものであつたと認むべく、従つて、抗告人は出生以来日本国籍を有しなかつたとしなければならない。されば、無効な国籍留保の意思表示によつて日本の国籍あるものとしてなされた主文掲記のような抗告人の戸籍記載は、結局、錯誤によるものといわなければならない。

されば右戸籍記載の消除の許可を求める本件申立は相当であつて、これを却下した原決定は取消すべきものである。よつて抗告を理由ありと認め主文の通り決定する。

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